静岡スタイルは、静岡クレールに新しく変わりました!

熱海の雑学。

東西に大きく伸びる静岡県は、数多くの地名や文化、言われや慣習など、その場その場で数多く存在します。
そういったところをじっくり観察していくと、今まで知らなかった新しい発見や、ルーツなどに触れられ、ますます静岡県を好きになることが出来ます。

そこで今回は、静岡人にも余り知られていない雑学をご紹介しましょう。
今回ピックアップするのは、『熱海』についてです。

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今や全国的に知られている温泉街の熱海。
ここ熱海でも多くの雑学が今尚伝承されているのでここでは中でも厳選したものをご紹介しましょう。

【水戸黄門が降り立った地】

水戸黄門といえば、江戸幕府の水戸藩主、徳川光圀の愛称であり、部下を従え日本全国を歩きまわり正義の鉄槌で悪を懲らしめるという勧善懲悪のストーリーが人気で多くの人の心を掴んでいる。

しかしあくまでこれは物語の中だけの話であり、実際には籠に乗っていただけで歩いてはおらず、そもそも日本全国ではなく水戸と江戸との往復がメインだったようです。
ただ一度、少年時代に父親である徳川瀬貞と熱海に出掛け、温泉に浸かったり、貝拾いなどをしたようです。
詰まるところ、ただの観光にきたようです。

【将軍のわがまま】

江戸時代には熱海は箱根と並んで関所がなくとも行ける温泉だったので、一大観光地として人気を博しました。

我らが徳川家康公は駿河に長くいた事や、隠居後は駿河に戻ったということもあり、熱海には何度も訪れています。

しかしその他の将軍たちは熱海に出掛けることが面倒だったため、家来たちに年に数度、熱海の温泉を江戸城まで運ばせていたようです。

【日本で初めて公衆電話が設置された場所】

明治になっても熱海の人気は衰えること無く東京などの観光客が押し寄せていたようです。

中には政界の者や大企業の社長なども訪れていたようで、何かあった時に連絡が取れるようにここ熱海でも公衆電話が設置されたようです。

当時公衆電話といえば、官庁や大企業、それに政治家の家ぐらいにしかなかったため、一般庶民には何も関係がなかったようで、使い方さえ分からなかったようです。
今となってはもうこの公衆電話さえほとんど見かけなくなりましたが、昔の歴史を知る上では欠かせないものの一つです。

以上が静岡県民でも知らないような雑学の数々です。
初めて知ったことがいくつもあったのではないでしょうか。
明日皆に話せる雑学ではないでしょうか。

この他にも雑学や発見は色々あるかもしれません。
自分で探してみるのも面白いでしょう。
参考文献
杉村喜光著
静岡県の雑学「知泉」的しずおか