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知られざる、木枯らしの森。

採用5静岡市を二分する、県内屈指の流域面積を誇る安倍川。
その安倍川を上流へと進むと二股に別れ、最大の支流の藁科川が現れる。

藁科川を更に上流へと進むと羽鳥地域に突入するが、そこには不自然に丘のような森が出現する。
木枯らしの森である。

54c533588920be37b9de42fe76fefca5森はお椀を伏せたような丘を形成し、小さな島は木々に覆われている。

そんな木枯らしの森だが、実は我が国が誇る、歴史的歌人である清少納言や小野小町の歌の一節にも使われている。

ところで、木枯らしの森というのは全国でただ一つ、ここだけにしか無いものではなく、京都府の広隆寺の東にある森と、藁科川にある森、何れのことも言うようである。

さて、ここで木枯らしに森の歴史やは背景についてお話したい。

木枯らしの森とは、静岡市は葵区、牧ケ谷地区と羽鳥地区を繋ぐ牧ケ谷橋の正面に位置しており、その直径はおよそ100m、高さも30m足らずの小さな森である。
以前は両方の土手から橋が掛けられていたようであるが、度重なる災害等による崩壊にて、現在は川を渡らなければ中に入ることが出来ない。

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木枯らしの森の中には石段や鳥居などが見受けられ、頂には木枯八幡宮(八幡神)が奉られていた。
また本居宣長が撰文を刻んだ石碑「木枯森碑」もある。

川の中洲にあるため最近では侵食が非常に激しく、護岸工事等が行われている。

元々木枯らしの森には八幡神が祀られていたが、度重なる災害や参拝の困難さから羽鳥八幡神社に移動された。
そのため毎年9月頃に羽鳥八幡神社から八幡様が木枯の森へ「本家帰り」する祭りが行われる。

八幡神社に祀られた「ご神体」を神輿に乗せて、藁科川の中洲にある「木枯しの森」へ移動させる。(神輿の重さはおよそ230kg)
地域の男衆が神輿を担いで、八幡神社から1時間半かけて羽鳥地区を練り歩き、最後は大きな掛け声と共に藁科川を渡り切り、木枯しの森へとご神体をお届けする。
御輿を担ぎ威風堂々と練り歩く様は非常に活気があり一人一人の熱い思い、八幡神に対する信念が感じられる。

そんな地域住民に愛され一人一人を見守ってきた木枯しの森の景観は、今も昔も人々の目をひきつけ、昭和29年、県の名勝地に指定される。

いかがだろうか。
静岡市民であればおおよそ知っているであろう木枯らしの森。
しかしこのような歴史について触れたことはあまりないのではないだろうか。

これからも木枯らしの森は私達の生活や文化、慣習や風土を悠然とした態度で見守り続けるだろう。
木枯らしの森が歴史的に大きな価値が有るものとして、私達もまた大切ししていかなければならない。