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南沼上伝説!! 『沼のばあさん』

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静岡市は南沼上地域。静岡中央卸売市場の南方向に位置し、静岡市の大動脈、流通通りのすぐそばにあるエリアですが、ここには古くから伝説があるのですがご存知でしょうか。

何の変哲もない場所ですが『沼のばあさん』という伝説があるのです。
浅畑沼にまつわる有名な伝説です。

時は南北朝時代の初め、建武2年北党の足利直義軍と南党の新田義貞軍が激突した手越川原合戦の時、麻機の土豪岩崎修理之介時光の奇襲戦法によって新田軍の勝利に終わりました。

その時光の姉秋野は瀬名の十郎忠元と結婚し、二人の間に小菊という娘ができました。

この小菊は合戦の縁で、新田義貞の弟、脇屋義助と親しくなり、小葭という娘を産みましたが、母のお菊は産後の肥立ちが悪く、3日後に亡くなりました。
また、小菊の父忠本も間も無く病死してしまいました。

そこで残された小葭は祖母の秋野の手で育てられました。
ところが小葭が14歳の時、秋野が60歳の夏、秋野は病を患いました。

そこで小葭は北の浅間神社に祖母の病気平癒を祈願するために、川合から舟に乗り浅畑沼にさしかかったところ、カッパが現れて、小葭は沼の中に引きずり込まれて行方不明になってしまいました。

それを聞いた秋野は病の体を起こして沼のほとりまで走って行き、「この上は憎いカッパを退治して、沼の守り神となって村人の難義を救おう」と言い残して、沼に身を投げました。

すると、そのあくる年、沼には法器具という今まで見たこともない草が茂り、その実と根は食料になりました。
そこで村人たちは小葭と秋野の2人の霊を慰めるために、川合の渡しで大施餓鬼を行うことになりました。

僧侶たちが読経を始めると、水面は激しく渦巻き、何者かが水中で戦っているようにも見えましたが、やがて無くなり静寂を取り戻しました。

それ以降、この沼でカッパが現れて害をするようなことは無くなりました。
そのために、村人たちは秋野ばあさんがお経の力を得てカッパを退治したのだというようになりました。

大谷の大正寺には秋野が退治したカッパのウロコ数枚が寺宝として伝えられ、秋野を諏訪神社大明神として祀っています。
同じく秋野を祀る南沼上の諏訪神社は俗に「沼のばあさん」と呼ばれ、祭りの時は近郊近在からの参詣人で賑わいます。

また秋野の生家、岩崎家は現在も麻機東に栄えています。

以上が南沼上に古くから伝えられている『沼のばあさん』の伝説です。

同じ静岡市に住んでいても中々分からないものですよね。

あなたの住んでいる地域にはこういった伝説はありませんか。
時代や歴史のルーツを辿り、住んでいる土地の過去を知ることも面白いかもしれません。