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静岡県の地名の由来~『麻機小学区』と『西奈・西奈南・北沼上小学区』~

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東西南北に大きく広がる静岡県。その地名は非常に多くあり、また変わった地名も数多く存在します。

静岡在住の方であれば、仮に難読な読み方をする地名も簡単に読めるでしょうが、他県の人からすれば頭を悩ますことでしょう。
しかしその地名のルーツや由来となった事柄に関してはほとんどの人が分からないのではないでしょうか。

そこでその地名に決まるまでどういった経緯があったのかについて地域別にご紹介したいと思います。

今回は『麻機小学区』と『西奈・西奈南・北沼上小学区』まとめてを特集します。

《麻機小学区》

旧麻機村の村域に相当します。
麻機は、賤機、服織と同じく布を織る人々が住んでいたことからそう呼ばれるようになりました。

江戸時代には浅畑と書かれていましたが、明治22年、池ヶ谷、南、有永、羽高、北、東、浅畑新田の7つの村が合併され1つの村になるに当たり麻機村としました。

【羽高の由来】

有永の北に隣接する地区で、麻機の7つの村の中では最も人口が少なく、石高も最も小さかったようです。
明治18年は22軒、昭和45年には34軒と大きな変化はありませんでしたが、県営羽高団地が建設されるに及んで、戸数は一挙に20倍以上に膨れ上がりました。

肝心の地名の由来ですが、実は明らかにされていないようです。

【北の由来】

麻機の7つの村の中で最も奥に位置する村でした。
地名は有永に対しての方位によるものです。

北が背負う麻機山の一部は古くから近隣の村とその所有権をめぐり、しばしば紛争を起こしていたようです。

農家にとって秣場から採れる青草は肥料や家畜のエサであり、薪炭の多くも秣場からまかなっていたことから、その所有権の移動はまさしく死活問題でした。
江戸時代の争議によりようやく秣場の多くは北の所有とされるようになりました。

【東の由来】

有永から見て東の方位であったためその名が付けられたようです。
ここはやはり東町と混同されやすいですが、地名としてはずっと古くからあります。

【柳原・赤松・漆山・前林・平柳の由来】

昭和49年の県の整備事業により新設された地域です。
地名は何れも旧字名を用いました。

かつての浅畑新田を含む麻機低湿地帯であることを顕著に物語る地名です。

【芝原の由来】

県の整備事業により新設された地域です。
浅畑新田を含む麻機低地を整備した水田です。

地名は旧字名を用いましたが、巴川の芝地の原という意味です。

《西奈・西奈南・北沼上小学区》

長尾川流域の地域です。
北沼上は旧千代田村に属していて、残る瀬名、瀬名川、長尾、平山は、旧庵原郡西奈村に属していました。

明治22年の市町村制施行で、瀬名以下の4つの村が1つの村になるにあたって古い呼び名を取って「西奈村」としましたが、いつしか「にしな」と呼ばれるようになりました。

【瀬名の由来】

西奈の中心地。長尾川に潤わされていた土地柄で、宿泊客が利用する大きな町でした。
瀬名という地名は瀬名川(長尾川)は通常時は水がなく、微雨川と呼ばれていた時代もあったようで、或いは「名」は国や土地を意味するということから、瀬のある国という意味でもあるといいます。

いずれにしても、長尾川に関わる地名であるということは間違いないようです。

【瀬名川の由来】

以前は旧東海道の宿駅であったと言われています。
建長5年に藤原為家が「せな川のはや瀬に見えず行く水や、いも恋いわたる涙なるらん」と詠んでいます。

この「せな川」は現在の長尾川の事ですが、古い資料によると、普段は川の水が途中で伏流水となってしまうから瀬無川と詠んだのがセナ川になったのではないか、為家が「はや瀬に見えず」と詠んだのはそのためでないかととしるされています。

【北沼上の由来】

浅畑沼の東北に当たり、古く沼上と言っていましたが、元禄時代に現在の北沼上地域にいた12軒の家が何らかの理由により6軒ずつに分かれ、北沼上村と、南沼上村を作ったと言われおり、それが由来とされています。

【長尾の由来】

鎌倉時代、長尾新太郎が合戦に敗れてこの地に落ちのびて住み着いたためそれが地名となりました。
長尾氏はその後およそ200年この地で栄えました。

【平山の由来】

平山の「平」は「ガケ」を意味する地名だといいます。
駿府城築城の際、長尾川流域からも石垣用の石材を出しましたが、長尾、平山の村民はその切り出し、運搬作業に昼夜問わず従事させられていたので「長尾、平山に夜がない」と言われました。

山間地のため水田はなく、大正期までは炭焼きが主な産業でした。

《竜爪山の由来》

竜爪山とは静岡付近の人から古くから親しまれており信仰を集めてきた山です。
薬師岳と文殊岳の2つから形成されています。
山名の由来については、山頂の雲の中から一匹の龍が降り、誤って爪を木に引っ掛けて落としたとか、仏法を守護する天竜八部衆が常々この山に集まるので、時々、竜の爪が落ちているなどという伝説があります。

また別名を時雨峰といい、天候を司る神ともされ、牛の頭を山中に置いてくれば必ず雨が降ると言われました。
また天狗伝説も多いです。

以上が『麻機小学区』と『西奈・西奈南・北沼上小学区』の地名の由来・ルーツになります。

あなたの住んでいるところは有りましたか?
自分で調べてみるのも面白いかもしれませんよ。
参考文献

飯塚伝太郎著
長倉智恵雄補筆
『しずおか町名の由来』