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静岡県民も知らない地名のルーツ。『藤枝市・島田市』

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敷地面積が非常に大きく、政令指定都市が2箇所もある静岡県は、四方八方沢山の地域に地名が存在し、県民の多くは自分が住んでいる場所以外の地名は分からないといった人が極めて多いです。

難読なものや、ルーツや由来が変わっていたり、間違って認識していたりと。

さて、そこで県民も知らないような変わったルーツを持つ地名をご紹介します。

今回取り上げるのは、『藤枝市・島田市』です。

《藤枝市》

藤枝市といえば、サッカー王国静岡県の中でも「サッカーの町」として有名ですが、そう言われてきたのはここ数年の事ではなく、何と遥か90年以上も前の事のようです。
さて、そんな藤枝市ですが、地名の由来にはいくつかあります。

そんな中でも自然地形から名づけられたという説が最も有力です。
古文書によると、藤枝という地名はもともと藤枝宿上伝馬町地内の小字名だったといい、瀬戸川の分流である藤枝川の川辺にあったことから「藤枝」と名付けられたようです。
では、その藤枝川の「藤枝」とは何かというと、「淵枝(ふちえだ)」ということだといいます。

藤枝川は元来、淵枝川と言われ、小さな河川が網目状に張り巡らされていたようです。
淵とは「木を深くたたえているところ」という意味を持つため藤枝という地名には、水が深く関わっているようです。

また、この説の他に、平安時代に源義家が東海道を東に下った際に、神社の松の老樹に藤の花が先かかっているのを目にして、「松に花咲く藤枝の一王子 宮居ゆたかに幾千代をを経ん」という和歌を詠んだことに由来するという説もあります。

さて、藤枝市の地図を見てみると、現在でも藤枝市の市域には数多くの小河川が流れているというのが分かります。
そういった事を考えると、やはり地形が藤枝という地名の由来であったということに辿り着きます。

《島田市》

島田市といえば、大井川が市内を貫流することで知られ、その大井川の川止めで栄えた宿屋町であったようです。
大井川沿いにある島田市博物館では当時の町並みが復元、保存されており、気分は江戸時代にタイムスリップしてきたようです。

さて、そんな島田の地名ですが、文献に初めて現れたのは、1000年近く前のことで、源頼朝が島田に宿泊したようです。
「シマ」という地名ですが、これには「水に囲まれた」地域という意味が含まれています。

また、区域、地域を意味することもあるようですが、島田市の場合はどちらにも当てはまらないようです。

ただし、現在の地図を見ると、市域には大井川の他に、伊太谷川が走っており、水に囲まれた地域だということが見て取れます。

現在の島田市も「水」と観光は密接な関係にあります。
中でも世界で一番長い木造建築の橋として、イギリスのギネスブックに掲載されているのが蓬莱橋です。

全長897.4メートルを誇り、島田市を代表する観光スポットであり多くの観光客が訪れます。
897.4メートルというのは「やくなし」に通じているようです。

また、ここ島田市では、「島田髷」をまとった数十人の女性が町を練り歩く「島田髷まつり」や「帯まつり」とも称される島田大祭は三年に一度、開催され、日本三奇祭の一つとしても知られ、300年以上の歴史を持ちます。

以上が静岡県の変わったルーツを持つ地名とその由来です。

自分の知らなかった場所かもしれませんが、その由来を知ると中々楽しかったり興味が湧いてくるかもしれません。
どれも静岡県内であるため、ルーツ巡りや観光などにも適しているかもしれません。
是非とも行かれてみてはどうでしょうか。
参考文献

日本地名の会 著
静岡県民も知らない地名の謎