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静岡県民も知らない地名のルーツ。『御前崎市・菊川市』

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敷地面積が非常に大きく、政令指定都市が2箇所もある静岡県は、四方八方沢山の地域に地名が存在し、県民の多くは自分が住んでいる場所以外の地名は分からないといった人が極めて多いです。

難読なものや、ルーツや由来が変わっていたり、間違って認識していたりと。

さて、そこで県民も知らないような変わったルーツを持つ地名をご紹介します。

今回取り上げるのは、『御前崎市・菊川市』です。

『御前崎市』

静岡県の最南端に位置している御前崎市。
北部には牧之原台地、南部には遠州灘に向かってシンボルである御前崎灯台や浜岡砂丘があります。
御前崎市は山と海とに囲まれた、静岡県を小さくしたような町なのです。

さて、この御前崎市ですが、この辺りで馬を放牧していたことが関係し、「御厩崎(うまやざき)」と呼ばれていたものが、いつしか「御前崎」となったようです。
御前崎灯台と御前崎海水浴場の間には、駒形神社が祀られていますが、駒形とは、「馬の形」という意味があるようです。

また、御前崎の「オマエ」は、駒形神社の御前と解釈することも出来るため御前崎にはやはり何らかの形で馬が関係しているということは十分考えられます。
しかし異説もあるようで、御前崎の御前には、「ミサキ」から転じたのではないかという説もあります。

「ミサキ」という言葉には、「先駆け」や、「道案内」という意味が含まれていて、「サタ」という読みと同じ意味のようです。
この「サタ」とは「サルタ=猿田彦」という道案内を司る神様と関係しているらしく、「先に出る」、「突出する」といった意味があり、まさに岬の地理的な状況が語られているというわけです。

御前崎は2004年に御前崎町と浜岡町が合併して出来た町ですが、御前崎町前身の御前崎村は江戸時代の末期頃になってようやく記録されたようです。
現在、御前崎市の海はサーフィンやボディボードに最適とされ、御前崎ロングビーチは世界各国のプロから「地球上で最高の場所」と称されています。
そういったスポーツを行わない人も御前崎には観光施設が数多くあるので、是非足を運んでみてはいかがでしょうか。

《菊川市》

掛川市と菊川市の境を南流して遠州灘に降り注ぐのが菊川ですが、菊川市に菊川という川があったのを静岡県民の何%は知っていたでしょうか。
菊川は一級河川であり、国が管理する一級水系の中でも流域面積がかなり小さく蛇行が激しく低地であることから、昔は氾濫が繰り返されていたようです。

現在の菊川市の前身である菊川町が誕生したのは1954年の事です。
それまであった、「堀之内町」、「六郷村」、「横地村」、「加茂村」、「内田村」の五町村が合併したことによります。

合併により新たな町名となるにあたっては、それまで町名として成立していた「堀之内町」が国鉄の駅名も「堀之内」であること等を主張しましたが、その他の村が「菊川」を主張したために、結局は菊川村となりました。

菊川市の市名の由来は冒頭の一級河川「菊川」から来ていることはご存知いただけたと思いますので、次は何故「菊川」となったのかについてご説明します。
その由来はいくつかあり、一説には「城飼(きこう)」にあると言われています。

城飼とは投降し馴化した蝦夷を柵の中に養い置くこと、または柵で囲まれた放牧地を指し、この意味により城飼はもともと「柵養」とも書かれており、つまり、「キコウ」が「キク」へと転化したというものであります。

その他川の上流の「小夜(佐夜)の中山」という峠にある「菊石」にあるという説や、菊川市友田にある菊目石からつけられたという説などがあり、名前の割に奥深いようです。

以上が静岡県の変わったルーツを持つ地名とその由来です。

自分の知らなかった場所かもしれませんが、その由来を知ると中々楽しかったり興味が湧いてくるかもしれません。
どれも静岡県内であるため、ルーツ巡りや観光などにも適しているかもしれません。
是非とも行かれてみてはどうでしょうか。
参考文献

日本地名の会 著
静岡県民も知らない地名の謎