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静岡県民も知らない地名のルーツ。『人穴・草薙・魚見』

敷地面積が非常に大きく、政令指定都市が2箇所もある静岡県は、四方八方沢山の地域に地名が存在し、県民の多くは自分が住んでいる場所以外の地名は分からないといった人が極めて多いです。

難読なものや、ルーツや由来が変わっていたり、間違って認識していたりと。

さて、そこで県民も知らないような変わった地名やそのルーツについて深く深く掘り下げてご紹介します。

今回取り上げるのは、『人穴・草薙・魚見』です。

地名③

《人穴》

静岡県は富士宮市にある変わった地名です。

この地で有名なのが人穴浅間神社の境内にある「人穴富士講遺跡」で全長約80メートルに達する溶岩洞窟の「人穴洞穴」と富士講の講員が建立した232基の碑塔郡が含まれています。

人穴という地名ですが、単純に考えれば「人が住んでいた穴」が由来するようです。

富士山の山麓に無数の洞穴が存在しており人穴洞穴の近くにある「姥穴」という洞穴からは弥生時代から古墳時代にかけての土器類が出土、発見されています。

そのため、人穴洞穴に同じ時代に人が住んでいても何らおかしくないと言えるのです。

また大日本地名辞書によると、もともとは「太穴」でそれが訛って「人穴」になったのではないかと記されていますが、「人が住んでいた」と事と関連付けるのが妥当だといえます。

現在は崩落や破壊の危険性などによって人穴洞穴や碑塔郡を間近で目にすることは出来なくなっています。

地名3

《草薙》

静岡市清水区に有る「草薙」という地名は「焼津市」と同じく日本武尊の伝説に由来を持っています。
日本武尊が遠征の際にこの地に降り立つと、地元の賊がはかりごとを思いつきました。

この野には大きな鹿の群れが降り、鹿の吐く息は朝霧のように辺りを白く包み込み、その足は木の幹のように太く丈夫です。そんな鹿の狩りをしないかと持ちかけました。

鹿の正体を知りたい日本武尊はこの誘いに乗り山へと入りましたが、賊は火を放ち、日本武尊を焼き殺そうとしました。

しかし日本武尊は「天叢雲の剣(あめのむらくものつるぎ)」を所持していたため、辺りの草を薙ぎ払うことにより、難を逃れました。

この時日本武尊が薙ぎ払った地を「焼津」の由来となり、その剣の名を「草薙の剣」と改めたようです。

「草薙」の地名の由来は、日本武尊の所持していたこの剣に有ると言えます。
事実、この地には草薙神社が建っており、鳥居をくぐった左手には日本武尊の石像が祀られています。

《魚味》

伊東駅の東、伊東港にほど近い場所に「新井魚目」という地名があります。
「魚見」という地名は沼津の内浦湾付近の他、「田子」、「子浦」、「石廊崎」、「須崎」、「熱海」などで数多く見られていましたが、静岡県内に現在もある地名は少なくなってきました。

「魚見」とは、海面が良く見える小高い山や樹木の上から魚群を確認したり、回遊している魚の動静を見張ることを言います。
まさに「魚を見る」場所が「魚見」と称された海沿いの地域ならではの地名です。

基本的には「ウオミ」と発音しますが、「ヨーミ」、「イヨーミ」、「イロミ」、「ミネミ」などと呼ばれている地域もありました。

魚見を行うにあたっては、櫓が建てられていたことは古文書などにより分かっており、魚見役には熟練の者が選ばれました。
単に見張るだけでは魚は取れないので、海面の僅かな様子をいち早くキャッチし、幾艘もの船をコントロールしていました。
以上が静岡県の変わった地名とその由来です。

自分の知らなかった場所かもしれませんが、その由来を知ると中々楽しかったり興味が湧いてくるかもしれません。
どれも静岡県内であるため、ルーツ巡りや観光などにも適しているかもしれません。
是非とも行かれてみてはどうでしょうか。
参考文献

日本地名の会 著
静岡県民も知らない地名の謎