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静岡県民も知らない地名のルーツ。『五十子・鵺代』

敷地面積が非常に大きく、政令指定都市が2箇所もある静岡県は、四方八方沢山の地域に地名が存在し、県民の多くは自分が住んでいる場所以外の地名は分からないといった人が極めて多いです。

難読なものや、ルーツや由来が変わっていたり、間違って認識していたりと。

さて、そこで県民も知らないような変わった地名やそのルーツについて深く深く掘り下げてご紹介します。

今回取り上げるのは、『五十子・鵺代』です。

《五十子》

磐田市南部、今之裏川の左岸に「五十子」という地名があります。

さて、この地名なんと読むでしょうか。
答えは「いかご」です。かつては「伊加子」や「以加古」と書き記されていたので読むことは容易でしたが、漢字表記が変わり、読める人はほとんどいなくなりました。

これを「いかご」と読むのは全国的に見ても珍しいようで、その由来は出生して50日目を祝う民俗行事から来ているようです。

実のところ、埼玉県にもこの名前は存在し「五十子」と書き記しますが、読み方は「いかつこ」であるため完全に同じ地名であるとは言えません。

こちらの地域には以前から伝承されている逸話が有るためご紹介します。
まだ、徳川家康が天下統一を成し遂げる前、ある晴れた日に鷹狩りでこちらの地域を訪れました。

帰り道、喉の乾いた家康は五十子村の庄屋、太郎兵衛の屋敷でお茶をいっぱいもらいました。
お茶を出したのは娘のきくで清楚な身なりと礼儀正しい作法で家康公をもてなし、女性らしい振る舞いは家康の心を捉えました。

その後お茶ともてなしのお礼にと、家康は担当と茶臼、茶臼のお墨付き書を送り、現在でも庄屋の末裔に伝わっているようです。

ちなみに藤枝市にも五十を掲げる地名があり、「五十海(いかるみ)」と読み、その意味は洪水の起きやすい低湿地帯であるようで、確かに付近には葉梨川や瀬戸川の他、蓮華寺池という池もあります。

地名5

《鵺代》

浜名湖の支湾の1つである猪花湖の北西部に「鵺代(ぬえしろ)」という大字名があります。
過去にミステリー映画でこの「鵺」という言葉が出て大流行したため、知る人も多いです。

三ヶ日町の大字名「鵺代」は「贄代」という地名が転化したようですが、江戸時代初期の源頼政の「鵺退治伝説」をモチーフに、「鵺代」という地名に改称したようです。
「贄」とは、神に捧げるものや、天子に献上する魚や鳥などの食べ物、またその年の新穀を指す言葉で、詰まりは捧げるものを生み出す土地といった意味が贄代の由来となったようです。

それが源頼政の伝説で変わっていったのだからその伝説についてご紹介します。

時は平安時代、時の皇帝、頼政には悩みがありました。
それは毎晩丑の時間になると、森の彼方から黒い雲が湧き出て寝殿の上を覆うと、たちまち恐怖に襲われるとうことでした。

そこで公卿達がその事を話し合った結果、頼政に警護を付けることにしました。
警護人を引き連れ御殿に戻った頼政は弓を持ってじっとその時を待ちました。

するとやはり黒い雲が湧き出て寝殿の上を覆ったので、頼政は天を仰いで矢を放ちました。
すると矢は見事に命中し、何かが音を立てて地上に落下しました。

皆が刀を使い体を貫くと、猿の頭、狸の胴、虎の足、蛇の尾、鵺の泣き声をもった怪獣が現れ、それを退治した後、頼政の悩みは治癒したという伝説があります。

また静岡県下には様々な動物に関する地名が現在も数多く残っています。
沼津市の獅子浜、浜松市の熊、伊豆市の熊坂、菊川市の牛渕、静岡市の馬渕、湖西市の鷲津、島田市の鵜網、富士宮市の羽鮒といくつもあります。

以上が静岡県の変わった地名とその由来です。

自分の知らなかった場所かもしれませんが、その由来を知ると中々楽しかったり興味が湧いてくるかもしれません。
どれも静岡県内であるため、ルーツ巡りや観光などにも適しているかもしれません。
是非とも行かれてみてはどうでしょうか。
参考文献

日本地名の会 著
静岡県民も知らない地名の謎