静岡スタイルは、静岡クレールに新しく変わりました!

静岡の代官山。鷹匠のルーツに迫る。

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静岡の代官山-鷹匠。

閑静な住宅街と、オシャレで美味しいお店が豊富にあり、静岡屈指の人気スポットです。

今でこそ鷹匠はここまでの発展を遂げましたが、冷静に考えると鷹匠って変わった名前ですよね。
鷹が飛んでいそうな広大な野原があった形跡はどこにもありません。

そこで今回は鷹匠の名前のルーツについて調べてみました。

【鷹匠の由来】

江戸時代、徳川家康公が隠居の地にここ静岡県を選んで駿府城を築きました。
そして、お城の周りには江戸に次ぐ人口を誇り、町は大いに繁栄しました。

『鷹匠』の地名は、家康公が無類の鷹狩好きだったため、家康公ご奉公の鷹匠たちが居住したことに由来します。
また、江川町との境に掛かる橋を家康公の《わし》を飼ったのにちなんで《くまたか》橋と呼んだことにも由来した地名です。

駿府城からみて南東の位置にあり、徳川の武家屋敷として栄えた時代のこの街の様子を『駿国雑誌』では、”御城代与力’同心の屋敷有りて町家無し”と紹介しています。

明治維新後も、静岡へ移住した徳川家の旧臣たちがこの町の武家屋敷の長屋に住みつき、”鷹匠町は江戸から来た士族の巣”と呼ばれ、都の文化が栄えた町として歴史に刻まれています。

尚、この鷹匠町は明治6年(1873年)に、1丁目-3丁目に分けられました。

また、鷹匠には市民憲章と言うものが存在し、『静岡の歴史と文化を誇りとして、希望と活力に満ちた「うるおいある町」をみんなの力でつくることを約束します』という事を掲げているようです。

市民憲章の内容には3つの柱が有り、

1.あいさつがふれあう、明るい町
2.きまりを守り安全な、楽しい町
3.水とみどりがはえる、美しい町

を作っていくようです。

今後も鷹匠はますます発展していくことでしょう。
江戸時代とはまた違った個性で、その人気がいつまでも続くことを願っています。